よどみに浮かぶうたかたは

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例えば「一年には気候が様々に変化するので、それにあわせて、栽培や収穫を行なうべき」がなぜ「一年が異なった『12種類の太陽の性質』から成り立っている事実を知ることはワイン醸造栽培者にとってとても大切なことです」になるのか。

私には特殊な言語や思考の体系を使うことによって既存の社会とは別のピラミッドを作って特権的な立場を作ろうとしているだけにしか思えない。
そこがややもすると「オカルト」と呼ばれる原因だと思う。

実際、信奉者の文章を読むと「従来のワインは薬品まみれ」というように極端に非難したり、「ビオディナミで造ったワインは抜栓してからも1か月は風味がもつ」というように、
ほんとかいな、という話を見かける。
全体に共通するのは実際のワインを評価するというよりも「特別なものを知っている私」
「自然を大切にしている私」を評価するという優越感だ。

ところで、「ビオワイン」と呼ばれるものの中には「ビオディナミ」でないものあるそうだ。
「ビオロジック」のワインという。ビオロジックは無農薬で作られたものをさす。
ビオロジックはぶどうだけでなく農作物や農業加工製品に対して使われる呼称で、
ヨーロッパで統一の基準が定められている。
このほかにもビオロジックかどうかを認定する団体が多数活動していて、
認定証を発行している。 

では、「ビオロジック」と「ビオディナミ」を分けるものはなんだろうか。
私にはシュタイナーの思想を取り入れている(受け入れている)かどうかの差と感じた。
そういう意味ではビオロジックはロジック=理論(方法論)でビオディナミは「思想」なのかもしれない。
そう考えるとビオディナミ信奉者に対するある種の違和感に対する答えがでそうな気がする。

さて、それにしても、著者のワインはうまいそうだ。ビオワインはどうしようもないものも多いそうだが。彼のワインは誰もが認めるらしい。
そうなると、彼のワインはビオディナミだからうまいのか、彼の腕がいいからうまいのか?
「理論は胡散臭いが作るワインはうまい。うまいワインを作れる理論は胡散臭くないのでは」
という最初の問いにもましてやっかいな疑問がわいてきた。

結論としては、飲んでからまた考えよう。












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